赤いエプロンでお料理学校へ

お料理学校へ行ってみて驚いた事

赤いエプロンを持って、めでたく念願のお料理学校へ入りました。

時は1980年代、お料理学校も全盛期だったのではないでしょうか?

良妻賢母の育成が、当たり前のように行われていた日本。

男は仕事・女は家事育児が性別役割分業だったあの頃。

女はお料理くらい出来なくては・・・の時代だったんでしょうね。

今の時代からはそんな考え方自体ビックリですが。

ジェンダーフリーの世の中になった日本は、女が家事育児で

男が仕事なんて。と笑ってしまうかも知れません。

しかし、かく言う私も「良妻賢母教育」を受けた口で。

そう、私の母も結婚前にはお料理学校へ通っていたのでそれが当たり前でした。

そして、驚いた事は料理学校のクラスの人数。

学校が遅くなって到着が遅れたものならば、一番後ろの席で

前で何が行われているかも分からないような人・人・人でした。

OLさんなのか、会社帰りのお姉さんが多かったかな。

勿論、師範台はお料理学校特有の斜めの鏡が付いていて

手元が見えるようになってはいるものの。

良く見えないどころか、全く見えないと言って良いほど。

兎に角、人が凄かった。

講師の説明にドキドキ

お料理学校の流れは、先ず講師が師範台で今日作る物を一通り説明しながら作ります。

その技たるや、高校生の私にはドキドキする物ばかりで。

講師の話は何を言っているのか???の物もありましたが。

きっと専門用語で難しかったんでしょうね(笑)

楽しくて仕方がなかった事を思い返すと、今でもドキドキします。

一通りの講義が終わると今度は調理室へ向かいます。

作業台に6名~8名はいたのではないかな?と記憶しています。

その作業台が8台~10台あったのか。

調理をすると言っても、自分の席を先ず確保するのも大変なほど。

私は友人と2人で行っていたので、必ず2人分の席を確保する訳です。

こんなところにも人間模様が。

調理を積極的にする人や、仕切る人、洗い物専門の人など。

勿論私と友人は調理を積極的にしたかったので、出しゃばって「私達がやります!!」

なんて言ったりしていたものでした。

班毎に調理をしましたが、作業スピードの差もかなりありました。

面白いですね。こんなところでも様々な社会勉強をさせてもらいました。

この続きはまた。